石井和之教授(東京大学)、株式会社ナフィアスと長谷川美貴教授(青山学院大学)との共同研究チームがウィルスと同サイズの微粒子を捕捉 ~ナノファイバー製フィルターと分子性ナノシートの複合化~
2025.05.20
お知らせ発表のポイント
◆数百ナノメートルの孔を持ったナノファイバー製フィルターと、数ナノメートルの孔を持った分子性ナノシートを重ね、ウィルスと同サイズの微粒子を直接捕捉することに成功した。
◆水溶液と有機相の界面における反応を速やかに行うことにより、数センチメートル四方の分子性ナノシートを作製し、スタンプ法を用いてナノファイバー製フィルターと複合化することに成功した。
◆従来は微粒子の捕捉のために過度にフィルターを重ね、圧力損失が生じていた。本成果により、圧力の損失なくウィルス級の微粒子を除くフィルター開発が進むことが期待される。

概要
エレクトロスピニング法(注1)でナノファイバーを積層することにより、数百ナノメートルの細孔を有するナノファイバー製フィルターを作製できる。この数百ナノメートル細孔は、菌やPM2.5などの捕集に対して高い能力を有するということから、N95マスク(注2)などに用いられている。しかし、100ナノメートル程度であるウィルスなどの捕集には過度の積層を必要とし、大きな圧力損失が問題となっている。
東京大学 生産技術研究所の石井 和之 教授、株式会社ナフィアスの渡邊 圭 代表取締役、青山学院大学 理工学部の長谷川 美貴 教授らの研究グループは、数百ナノメートルの細孔を有するナノファイバー製フィルターを、1ナノメートル程度の細孔を有するポルフィリン系ナノシート(注3)で覆うことで、ウィルスと同サイズの100ナノメートル微粒子を直接捕捉することに成功した。これは、マランゴニ効果(注4)を用いた効果的な界面反応による、数センチメートル四方の分子性ナノシートの作製技術と、スタンプ法を用いたナノファイバー製フィルターと複合化技術の開発を基盤としている。大きな圧力損失なしにウィルスや小さな微粒子を除くフィルター開発が進むことが期待される。
発表者コメント:石井 和之 教授の「もしかする未来」

コロナ禍のときに、コロナウィルスを捕捉できるフィルターを開発できないかと考え、研究をスタートしました。本研究では、N95マスクに実用されているナノファイバー製フィルターを、1ナノメートル程度の細孔を有する分子性フィルターで改良できています。本研究を基盤として、分子を機能化する研究や、新しいフィルターの研究開発を進めていきたいと考えています。
発表内容
COVID-19の世界的パンデミックにより、約100ナノメートル程度の大きさを有するウィルスを除去するためのフィルターの重要性が増している。
エレクトロスピニング法でナノファイバーを積層することにより作製されるナノファイバー製フィルターは、数百ナノメートルの細孔を有し、菌やPM2.5などを捕集できることから、N95マスクなどに用いられている。しかし、ウィルスなど、約100ナノメートル程度の大きさの微粒子捕集には、過度にナノファイバーを積層することが必要となり、空気が通りづらくなる大きな圧力損失が問題となる。一方、二次元に分子を集積させ、1ナノメートル程度の細孔を有する分子性ナノシートは、有望なフィルターと考えられているが、機械的強度が十分ではなかった。
東京大学 生産技術研究所の石井 和之 教授、倉持 悠輔 特任研究員(研究当時)、青木 佑奈 大学院生(研究当時)、榎本 恭子 技術専門職員、中村 誠司 学術専門職員(研究当時)、株式会社ナフィアスの渡邊 圭 代表取締役、大澤 道 取締役、青山学院大学理工学部の長谷川 美貴 教授、田中 秀幸 大学院生(研究当時)、小澤 慶一郎 大学院生(研究当時)の研究グループは、1ナノメートル程度の規則的な細孔を有する分子性ナノシート(ポルフィリン分子を採用)を数センチメートル四方で作製し、ナノファイバー製フィルターと複合化(図1)することで、圧力損失を最小限に抑えながら100ナノメートルの微粒子を捕捉することに成功した。

ポルフィリンを用いた分子性ナノシートは、カルボキシ基を有するポルフィリンH2TCPPを含む有機溶液を塩化銅水溶液に滴下し、有機相と水溶液の界面における反応(H2TCPPのカルボキシ基と銅イオンの反応)により合成した。ここで、高濃度の塩化銅水溶液を用いて反応を促進するとともに、適切な有機溶媒を採用することで反応時間を確保した。滴下された有機溶液は、急速な界面反応によるマランゴニ効果(注4)で爆発的な広がりを示し、数センチメートル四方の分子性ナノシートの作製に成功した。
得られた分子性ナノシートを精密に圧縮した後、スタンプ法を用いてナノファイバー製フィルター(4×4cm)に転写した(図2a)。通常のナノファイバー製フィルター(図2b)とは対照的に、分子性ナノシートが転写されたナノファイバー製フィルターは、数百ナノメートルから数マイクロメートルの細孔を覆う均一な膜を有しており(図2c)、分子性ナノシートをナノファイバー製フィルターと複合化することに成功した。得られた複合体を用いて、NaCl微粒子の捕集効率試験を行ったところ、顕著な圧力損失を生じず、捕集効率が向上することを見出した。走査電子顕微鏡(SEM)画像において、多くのNaCl微粒子が捕捉されていることが観測され、100ナノメートルの微粒子を捕捉できていることが確認された(図3)。
大面積の分子性ナノシートをナノファイバー製フィルターと複合化することで、大幅な圧力損失なしにウィルスと同サイズの小さな微粒子を捕捉することに成功した。本研究は、分子性ナノシートを利用したフィルター開発などへの発展に寄与することが期待される。


関連情報
「プレスリリース①「雨どいの放射能汚染水を飲料水基準値以下に」 -放射性セシウム除染布を開発-」(2012/5/28)
「プレスリリース②「低コストな除染材の大量供給が可能に」 -放射性セシウム除染布、量産工程を確立-」(2012/11/27)
発表者・研究者等情報
東京大学
生産技術研究所
石井 和之 教授
倉持 悠輔 特任研究員:研究当時
現:近畿大学 准教授
榎本 恭子 技術専門職員
中村 誠司 学術専門職員:研究当時
大学院工学系研究科 応用化学専攻
青木 佑奈 修士課程:研究当時
株式会社 ナフィアス
渡邊 圭 代表取締役・博士
兼:信州大学繊維科学研究所 特任准教授
大澤 道 取締役・博士
兼:信州大学繊維科学研究所 特任准教授
青山学院大学
理工学部 化学・生命科学科
長谷川 美貴 教授
大学院理工学研究科 理工学専攻 化学コース
田中 秀幸 博士前期課程:研究当時
小澤 慶一郎 博士前期課程:研究当時
論文情報
〈雑誌名〉Materials Advances
〈題名〉Hybridization of Nanofiber-modified Fabrics with Porphyrin-based Nanosheets for Nanoparticle Captur
〈著者名〉Yusuke Kuramochi, Yuna Aoki, Kyoko Enomoto, Seiji Nakamura, Hideyuki Tanaka, Keiichiro Ozawa, Miki Hasegawa, Osamu Ohsawa, Kei Watanabe* and Kazuyuki Ishii*
〈DOI〉10.1039/D5MA00058K
研究助成
本研究は、科研費 課題番号:17H06375、課題番号:17H06374、課題番号:23H01971 の支援により実施されました。
用語解説
(注1) エレクトロスピニング(電界紡糸)法
エレクトロスピニング法は、電気流体現象を利用した微細繊維の連続紡糸技術である。紡糸液へ電圧をかけていくと、紡糸ノズル先端の液体表面に電荷が誘起され、基材(対電極)へ紡糸液が飛び出す。このようにして直径数百nm 程度のナノファイバーが生成される。

(注2)N95マスク
アメリカ合衆国労働安全衛生研究所(NIOSH)のN95規格をクリアし、認可された微粒子用マスクのことであり、フィルターで最も捕集しづらいサイズの粒子状物質で、空力学的質量径でおおよそ0.3µmの粒子を95%以上捕集できるマスク。
(注3)ポルフィリン系ナノシート
ポルフィリンは生体関連分子であり、例えば、ヘモグロビンのヘム、光合成を行うクロロフィルはポルフィリンの類縁体である。水溶液中の銅イオンと有機溶媒中の周囲に4つのカルボキシ基を有するポルフィリンH2TCPPが界面で反応することにより、分子性ナノシートは合成される。

(注4)マランゴニ効果
マランゴニ効果は、液体の表面張力の局所的な差異に起因した、液体の表面移動現象である。表面に広がっている液体に、表面張力の低い箇所と高い箇所が局在している場合、表面張力の低い方から表面張力の高い方へ液体が移動する。
問い合わせ先
〈研究内容については発表者にお問合せください〉
東京大学 生産技術研究所
教授 石井 和之(いしい かずゆき)
E-mail:k-ishii(末尾に”@iis.u-tokyo.ac.jp”をつけてください)
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に”@iis.u-tokyo.ac.jp”をつけてください)
株式会社 ナフィアス
代表取締役 渡邊 圭(わたなべ けい)
E-mail:k.watanabe(末尾に”@nafias-jp.com”をつけてください)
青山学院大学 政策・企画部 大学広報課
Tel:03-3409-8159
取材・撮影申し込みフォーム: https://www.aoyama.ac.jp/companies/interview.html